大判例

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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)2203号 判決

東京都文京区湯島三組町五四番地

控訴人

武井トラ

富山県東礪波郡青島村

控訴人

斎藤平治

東京都世田谷区北沢一丁目一一一〇番地

控訴人

三浦謹三郎

千葉市新田町四五番地

村上方

控訴人

礎田さだ

右四名訴訟代理人弁護士

加藤良二

石川正義

被控訴人

右代表者法務大臣

唐沢俊樹

右指定代理人法務

省訟務局第五課長

堀内恒雄

同法務事務官

鴫原久男

堺沢良

同大蔵事務官

山岸小五郎

平沢精作

小柳二郎

赤羽根寿

茨城県北相馬郡藤代町字押切九八番地

金谷豊吉訴訟承継人

被控訴人

金谷直次郎

同県同郡同町字片町二四四番地

金谷豊吉訴訟承継人

被控訴人

阿部ちか

右両名訴訟代理人弁護士

香田俊雄

東京都文京区湯島新花町五九番地

被控訴人

山口哲三

右訴訟代理人弁護士

石渡秀吉

右訴訟復代理人弁護士

香田俊雄

右当事者間の昭和三十一年(ネ)第二二〇三号登記抹消土地所有権移転登記手続請求控訴事件について、当裁判所は次のように判決する。

主文

本件各控訴はいずれもこれを棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、原判決を取り消す、被控訴人国は控訴人らに対し、分筆登記前の表示東京都文京区湯島三組町五四番宅地一三二坪一合(以下本件土地という。分筆後の表示は別紙目録記載のとおりである)について東京法務局麹町出張所(以下所轄登記所という)昭和二十六年十一月六日受付第一七〇一七号をもつてした同年三月三十一日錯誤発見にもとずく竜ケ崎税務署(以下所轄税務署という)長の嘱託による抹消登記によつて抹消された昭和二十四年三月三十一日所轄登記所受付第三〇九六号による大蔵省のための昭和二十二年六月二十四日財産税物納許可による所有権取得登記手続をし、かつ控訴人武井トラに対し別紙目録記載二の土地、控訴人斎藤平治に対し同五の土地、控訴人三浦謹三郎に対し同六の土地、控訴人磯田さだに対し同七の土地、控訴人ら四名に対し同四の土地(以上の五筆の土地を以下本件払下地という。)についてそれぞれ昭和二十六年四月三十日国有財産払下許可による所有権移軽登記手続をなすべし、被控訴人金谷直次郎同阿部ちか両名及び被控訴人山口哲三は共同して控訴人らに対し別紙目録記載の土地につき昭和二十六年十二月一日所轄登記所受付第一八四三七号をもつてした被控訴人山口哲三のための同年七月十七日売買による所有権取得登記の抹消登記手続をなすべし、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とするとの判決を求め、被控訴人ら代理人はいづれも控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は次のとおり附記するほかすべて原判決の事実らんに記載されたところと同一であるからここにこれを引用する(但し右事実らん第七証拠と題する部分中原告らの分として「第十一号証の一乃至十二」とある次に「第十二号証」の表示が脱落していること明らかであるから、これを補充する。)

(控訴人ら代理人の主張)

一、本件物納許可は、被控訴人金谷同阿部の先代金谷豊吉はその子である金谷直次郎の財産税物納申請につき直次郎のため自己の所有にかかる本件土地を物納に供することに同意したものであるから、当然に適法かつ有効である。所轄税務署長は本件物納許可により物納申請者金谷直次郎に対し本件土地の物納許可書を送達するとともにその物納許可による所有権移転登記に必要な書類の提出を命じ(丙第二号証)、直次郎から本件土地の所有者金谷直吉の必要書類の提出があつたので、税務署長はこの書類にもとずいて昭和二十四年三月三十一日所轄登記所に本件土地についての物納許可による本件取得登記を嘱託してこれを了したものであること(右嘱託による登記についても不動産登記法第三十一条第二十五条第三十五条の適用がある結果、本件土地所有者の承諾書及び登記済証の提出があつたのである)、また本件物納許可処分において金谷豊吉所有の本件土地が金谷直次郎の物納の目的に供せられていることに対し金谷豊吉も真次郎もなんら異議申出をしていないこと等は、いずれも豊吉が当切から本件物納許可に同意していたことを示すものである。従つて本件物納許可が無効であることを前提とする爾後の手続はすべて違法である。

二、仮りに被控訴人ら主張のごとく、本件土地は所有者金谷豊吉の財産税物納のため同人より物納申請があつたのに、金谷直次郎の物納申請にかかるものと混交し直次郎の物納のために本件物納許可がなされたものであるとしても、すでにそのかしは治癒された。すなわち所轄税務署長は本件物納許可後所有権移転登記を嘱託するにあたりその誤りを発見したので直ちにその誤りを訂正して本来の物納申請者であり所有者である金谷豊吉に対する財産税物納許可処分として更正し、その結果本件取得登記がなされたものである。従つてこれにより本件土地の所有権は有効に金谷豊吉から被控訴人国に移転したものであつて、その取得登記は有効であり、抹消さるべきいわれはない。

三、金谷豊吉は昭和二十七年九月十三日死亡し、被控訴人金谷直次郎、同阿部ちかにおいて相続によりその権利義務一切を承継したから、従来金谷豊吉に対してした請求はこれを右被控訴人両名に対してする。

(被控訴人国代理人の主張)

本件物納許可にあたり所轄税務署長が本件土地の登記に関する書類の提出を命じ、所有者である金谷豊吉が控訴人ら主張の書類を提出したとの事実は否認する。昭和二十二年政令第百九号財産税法等による物納に困る不動産登記の特例に関する政令第一条によれば財産税物納許可による所有権移転登記の嘱託には登記義務者の承諾書及びその権利に関する登記済証を添付する必要がないのである。

理由

当裁判所は後記のとおり附加するほか原判決の理由と同一の理由により控訴人らの本訴請求はすべて理由のないものとして棄却すべきものと判断するからここにこれを引用する。

本件土地のもと所有者金谷豊吉がこれをその子である金谷直次郎のため直次郎の財産税物納に供することについて同意していたことを認めるべき直接の証拠はない。成立に争ない丙第二号証によれば所轄税務署長は本件物納許可にあたり登記書類等の提出を命じたものの如くであるが、右物納許可の名宛人である金谷直次郎において本件土地の所有者金谷豊吉名義の承諾書登記済証等を所轄税務署に提出し、もしくは右金谷豊吉が自らこれを提出したことは本件においてこれを認めるべき的確な証拠はない。成立に争ない甲第十二号証(本件取得登記の嘱託書)に金谷豊吉の住所として東京都台東区池の端仲町七番地の旨記載があること明らかであるが、このことから直ちに金谷豊吉名義の承諾書ないし登記済証が提出されたとし得ないこと、成立に争ない甲第一号証の一(本件土地のうち分筆後の別紙目録一の土地登記簿謄本)により右登記簿上の住所は登記簿謄本により容易に知り得ることからしても明らかであるのみでなく、右甲十二号証によれば右登記の嘱託には登記義務者の承諾書や登記済証が添付されたものでないことが認められる(被控訴人国主張の政令によれば当時財産物納許可による所有権取得登記の嘱託には登記義務者の承諾書やその権利に関する登記済証を添付する必要がなかつたこと明らかである)。

本件物納許可に対し当時金谷豊吉からも金谷直次郎からもなんら異議の申出のなかつたことは弁論の全趣旨から明らかであるが、原審における証人金谷直次郎の証言によれば金谷直次郎においては多数の不動産を物納に供した関係上本件土地が誤つてその目的の中に入れられていることに気付かず、その後本件紛争を生ずるにいたつてはじめてこれを知るにいたつたことを認めるに足り、成立に争ない甲第八号証の一、二同第十号証の一ないし三によれば金谷豊吉もまた多数の不動産を物納に供し現にそれが許可されていることをうかがい得るから同人もまた本件土地がその目的から除かれていることやましてそれが金谷直次郎の物納の対象に入れられていること等には気がつかなかつたものと推認し得るところであり、右豊吉や直次郎が異議を述べなかつたことから、直ちに豊吉が本件土地を直次郎の財産税物納に供することを承諾していたものとすることを得ないのはもちろんである。

控訴人らは本件物納許可におけるかしはその後治癒されたと主張する。本件物納許可による本件取得登記の以前、所轄税務署長が所轄登記所に対し直次郎の財産税について本件土地の物納許可が行われたとの理由で所有権取得登記の嘱託をしたところ、所轄登記所は本件土地が金谷豊吉の所有に属することを理由として嘱託書を返送したので、所轄税務署長は本件土地について金谷豊吉からの物納申請にもとずき同人の財産税につき物納の許可があつたとして同日再び所轄登記所に対して登記嘱託をした結果本件取得登記ができたということは被控訴人国の自認するところであり、前記甲第十二号証(登記嘱託書)によれば昭和二十二年六月二十四日金谷豊吉の財産税物納許可によるものとして右登記の嘱託がなされたことは明らかである。しかし成立に争ない甲第八号証の一、二第九号証、第十号証の一ないし三第十一号証の一ないし十二によれば、金谷豊吉に対する財産税物納許可処分及び直次郎に対する物納許可処分のいずれの関係書類も本件土地は直次郎の物納の対象とし、豊吉の物納対象にはしておらず、その当初の物納許可処分のままとなつていることが明らかであり、その他本件のすべての証拠によつても右登記所に対する嘱託書の外に所轄税務署長が控訴人ら主張の訂正処分に相応する手続をした形跡を認めることができない。してみると所轄税務署長は当初の登記嘱託書が登記所により所有者相違で返還されたため、単にその登記所に対する関係だけでこれを前記のようにしてその登記を了したというだけのことと解するほかはない。当時本件土地は金谷豊吉において自己の財産税物納のために供することを申請したものであり、直次郎は本件土地に関係のないものであるから、右両人に対してした各物納許可処分を改めて、本件土地は直次郎の物納目的から除き別に豊吉の物納目的に入れて許可するよう訂正することは、当初の当事者の申請にもそい、客観的な権利関係にも合致するのであるから、被控訴人国としては、これをしようとすれば有効かつ適法にできたはずである。しかるに当時被控訴人国はこれをした形跡のないことは前記のとおりであるのみでなく、かえつて右の誤りを訂正するものとして本件物納許可の効力を否定し、これを錯誤として本件抹消登記を了したのである。その処置の当否はともかくとして、本件物納許可におけるかしがその後治癒されたとする控訴人らの主張は理由がないといわなければならない。

これを要するに本件物納許可処分はその本来の法律効果である本件土地の所有権の金谷豊吉から被控訴人国への移転という効果を発生せしめるものではないという意味において無効であることは多言をまたないところである。従つて被控訴人国が本件土地の所有権を取得したことを前提とする控訴人らの主張は失当である。

被控訴人国は国が控訴人らとした本件払下地についての本件払下契約により、国が本件払下地の所有権を取得してこれを控訴人らに移転すべき債務は履行不能に帰したから民法第五百六十二条第一項により解除したと主張する。これによれば右払下契約にもとずく控訴人らの所有権移転登記の請求に対し履行不能の抗弁は独立した抗弁として主張するものではないように見えるけれども、これを本件口頭弁論の全趣旨に徴すれば結局被控訴人国はその履行不能を一の抗弁とする趣旨と解し得るのであり、本件が履行不能に帰したものと認むべきこと前記引用にかかる原判決の説明するとおりである以上、控訴人らの右請求をこの理由で排斥することは相当である。ただその履行不能が被控訴人の責に帰すべき事由にもとずくや否、これにより控訴人らに損害が生じたりや否によつては控訴人らに損害賠償債権の発生することはもちろんである。しかし控訴人らは本訴においてはあくまで現実の履行を請求するものであるからその請求が認容せられないことはやむを得ないとしなければならない。

なお、金谷豊吉が昭和二十七年九月十三日死亡し、被控訴人金谷直次郎、同阿部ちかにおいて相続によりその権利義務一切を承継したことは被控訴人らにおいて明らかに争わないからこれを自白したものとみなすべく、控訴人らの右金谷豊吉に対する本訴請求が理由のないこと前記引用にかかる原判決理由の示すとおりである以上、控訴人らの被控訴人金谷直次郎同阿部ちかに対する本訴請求が理由のないことも同様である。

すなわち原判決は相当であるから本件控訴は理由のないものとして棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条第八十九条第九十三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 藤江忠二郎 判事 谷口茂栄 判事 浅沼武)

目録

一、東京都文京区湯島三組長五十四番の一宅地五十四坪二合九勺

二、同所同番の二宅地十六坪五勺

三、同所同番の三宅地十九坪七合八勺

四、同所同番の四宅地三坪四合七勺

五、同所同番の五宅地十五坪三合四勺

六、同所同番の六宅地十一坪二合七勺

七、同所同番の七宅地十一坪九合

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